今朝は雨が上がってきた感がありました。
通りに咲く桜も意外にも残っている様子。
咲いたばかりでまだまだ花弁がしっかりしていた事が奏功した様子笑。
この感じだったら週末はまだまだ絶好の花見日和?なんて思いましたが、なんと福岡の週末の予報は・・雨・・『おいっ!!』・・笑。
思わず品なく突っ込んでみたくなりました笑。
昔からいくら『春に3日の・・』とは言っても、たまには違ってもいいのにな・・と思う今朝です笑。
昨日は午前中から雨と雷が凄かったですね、そんな雷や地震に関しては心配なニュースも飛び込んできましたし、皆さんの無事を願っています。
そんな昨夕はなぜか空港へ。⬇︎

予想通りにどんより。
それはそうでしょう、予報は一日雨でしたから笑。
最近では空港へただ遊びに来る方も多いとか・・。
それもそのはず、中々に面白いお店がたくさん揃っています。
街中から消えゆく本屋さんに至っても。⬇︎

場所柄、飛行機関連の本がたくさん揃えてあり、今度は旅行で来たいなと思わされます笑。
もしくはちょっとした作業をしに来るのも・・。⬇︎

こんな魅力的なカフェラウンジがありました。
さり気なく覗くお店の奥には飛行機が凄くよく見えていました。⬇︎

これはさぞかし・・僕はずっと飛行機を眺めて集中出来ないかも笑。
しかし、日頃と違う環境での作業って憧れるところがあります。
よし、今度はゆっくりお茶しに来よう笑。
ちなみにラウンジは『TSUTAYA』さん奥にありますよ。⬇︎

せっかくなので展望デッキへ。⬇︎

雨は奇跡的に上がっていましたが、雲はまだまだといった様子でした。
実はこの頃、熊本空港では激しい雨と霧で相当の視界不良となっていた様子。
間も無く到着予定の東京ー熊本間のANA機が上空を何度も旋回しながら・・羽田へと戻ってしまう事態になっていたとか・・。
機内にいた方々の心中を察するに余りあります。
おまけに帰宅を待ち侘びていた方々の心中も・・。
天候だけはどうしようも無い時が多いですけどね・・。
もっと近くの空港へ・・なんて気軽に言える話では無いんでしょうね、すみません。
ちなみにいろんな事情が重なり、この時点での福岡空港も大混雑でしたから。
無事に到着したJAL機も相当長い間滑走路に留まっていました。⬇︎

何機も後方から飛び立っていました。
なんでも駐機場の渋滞が原因だった様子。
でも・・思いの外ゆっくりと空港見学が出来ました(長時間待機のJAL機に乗っていた方、東京に戻っていた『東京ー熊本便』のANA機の方々からしたら不謹慎発言?笑)。
なんでも、一旦東京に戻った『東京ー熊本便』の方々の多くが、その後の熊本便へ乗り換えられ23時前に今度は無事に『阿蘇くまもと空港(熊本空港)』へ到着出来たようです。
本当にお疲れ様でした。
待ってた方々もホッとしたことと思います。
そんな夕刻、某所某店からラインメールが届きました。⬇︎

綺麗な桜が満開のようです。
こんな雨で熊本が大変だなって思っている時に、元気づけてくれるかのような桜の便り、気持ちが和みました。
週末あたり絶品チキンカツでも頂きにお伺いしようかな・・笑。
それではまたいつものように集中して過ごしましょう。
また機会でもあればその時に。
追記:
空港内が暑くて外へ出た際に見かけたこちら。⬇︎

国際線との連絡バス?でしょうか。
長いなってボーッと思っていました。
最近時折ボーッとしています笑(その割には写真撮っています笑)。
春には春の文字が入ったお野菜でも頂きたくなるものです。
頂きたくなるなんて厚かましい、食べたくなるですよ笑。
日本語って難しいというか表現豊かです。
そんな折・・。⬇︎

かなりの量の・・。⬇︎

綺麗にそのままでもすぐに調理出来るようにしっかりと洗ってある『春菊』を大量に頂きました(本当に大感謝です)。
おひたし、天ぷら、お鍋、せっかくならちょっと豪勢にすき焼きにでも・・、いろいろと妄想が膨らむ幸せな午後でした笑。
ありがとうございます、スタッフ一同で大事に頂いています。
昨夕からの雨、夜通しの雨、今日も継続する雨風・・。
せっかく桜が満開になったと思ったらこの有り様・・。
まさしく『春に3日の晴れなし』で辟易します・・とまでは言いませんが、桜が咲いた途端にってのは少しご勘弁願いたいものです笑。
早く雨が上がってくれませんかね笑、せめて風が弱まってくれることを願っています。
さて、昔から行きたかったお店への訪問はよく話題にしていますが、またしても地元の方なら知らない方はいない?と思われる大阪の某店を初訪問出来ました。
同じ系列のお店かと思われる程にそっくりな名前のお店が福岡にもあります。
しかし、全く関係はありません。
某所のこちらを知ったのはもうかれこれ30年近く前かと・・。
当初はなんて暑苦しい外観で、いかにも大阪らしいお店かと福岡県人としては冷ややかな目を向けていました笑。
それからかなりの月日が流れ・・、徐々に興味が出てきて笑。
最近では訪問の度に行く機会を伺うも、お客さんの多さとクセの強そうな地元の方や観光客の行列で断念していました。
今回も何店舗かの前は通ったんですが、いずれも大行列で半分諦めていました。
そんな某日午前中、行きつけだと勝手に思っている(実はまだ2回しか苦笑)喫茶店で始動前にちょっとモーニングでもと思って入ったお店は・・まさかの18禁。
決してそんな18禁(どんな?笑)ではなく、喫煙可能店ですのでって理由で入れませんでした(甥っ子と一緒でした笑)。
甥っ子はまだ中学生なんですが、背も高く大人びているので入店時にはお店の方が見逃していたらしく笑、注文をする際に・・すみませんあの・・と笑。
18過ぎたらまた行こうね(本人が行きたいと思っているかは不明笑)と慰めて笑、だったら取り敢えず道頓堀まで行ってしまおうと。
さて早朝から喫茶以外でとなると、チェーン店のカフェや牛丼屋さんくらいしか思い当たらず(素直にホテルで食べさせれば良かったと・・少し反省しながら)、凄まじい夜間の大混雑と打って変わって人通りも少ない商店街の外れのこちらが目にとまりました(外れと言っても道頓堀の3号店戎橋店)。⬇︎

大阪を訪れた方でこのオブジェに気づかない人はまずいません。
どちらのお店(確か5店舗)でもこの派手な龍がお出迎えしてくれますが、実はお店毎に微妙に装いが違います。
こちらの龍は手に丼ぶりを持っているのが特徴です。
これだけ前振りして、初訪問のお店が『金龍ラーメン』さんですみません(あまり謝れば冗談抜きに金龍さんに怒られます笑)。
ただもっと意表をついたお店かと皆様の期待度が上がっているかと・・笑。
僕が話題にするときは安心価格のお店ですのでご安心を(好感度アップを・・笑)。
そこで、知っているようでほとんど知らない『金龍』さんの歴史を調べてみたら、分かりやすく詳しいサイトを見つけました。⬇︎
『道頓堀名物「金龍ラーメン」、ルーツを聞いてみると意外な事実 ..』
読んでびっくり、当初はうどん屋さんだったとか。
1982年にラーメン屋さんへ。
そこからあの龍のオブジェのインパクトと全てが自家製(麺から何から何まで・・下手すりゃお店の内外装まで)の美味しさで今の人気店になったようです。
これはこの時しかないと・・一応甥っ子にも確認・・。
嫌いでは無いし、朝からでも大丈夫だけど・・おじちゃんは?と笑。
僕も全然大丈夫笑。
そんなこんなでまさかの初訪問がこんな朝に叶うとは・・人生いろいろです笑。
食券を入り口で購入し、丼も自分で運ぶ完全セルフ形式。⬇︎

この時間帯ですので満席ではありませんでしたが、結構皆さん食べていました。
お昼の観光客でいっぱいの状態ではなく、ほぼ地元の方といった雰囲気。
こちらでは、食券を買ってカウンターに出して、できたら呼ばれて取りに行き、食べたら返す。
これが回転率を上げる秘策みたいです。
出来るまでの間に無料のキムチ、ニラ、ニンニクをセルフで(取り放題)。⬇︎

皆さんガンガン小丼ぶりに持っていかれるのでどんどん減るんですが、すぐに並々山盛りに補充。
特にキムチの減りが凄いです。
そしてご飯も食べ放題が何気に凄いと思いました。
本当にお腹が空いていればどれだけでも・・。
実際にお近くの中年の方でしたが・・。⬇︎

どんぶりの下にはキムチかと思いきや、別丼でキムチ山盛りでした笑。
僕のとは気合いと経験が違います。⬇︎

これでも朝から頑張ったつもりでしたが・・。
ラーメンが来る前の短時間でほぼキムチと大盛りご飯をかき込まれ(僕ではなく先程の山盛りご飯のおじさん笑)。
ラーメンがきてしばらくすると、同じ量のご飯2杯目でした・・本気でした、とても美味しそうでした笑。
ちなみにキムチもニラも全て手作りで、キムチは昔食べていた懐かしの風味のもので、結構辛く本当に美味しかったです。⬇︎

(この写真は勝手な借り物)
初訪問の緊張で写真を撮るのを忘れていました。
そしてこちらが待望の金龍ラーメンです。⬇︎

見た感じは名古屋の『スガキヤ』さん風?(スガキヤさん食べたことありません笑)。
恐る恐るスープを一口・・めちゃくちゃ美味しい!(薄い風味かと長年思っていました)。
麺も。⬇︎

小麦の良い味がしっかりしました、本当に美味しかった。
実は舐めていました(すみません)、ちょっと小ネタのつもりでした・・。
しかし、今後は大阪へ行ったら必ず隙を見て食べようと思いました笑。
やはり、食の街『大阪』で長年に渡ってお店が続くってことは凄いことなんだとあらためて思いました。
観光客相手にでしょ?、といった穿った意見も時折聞きますが、そんな薄っぺらいお店ではないと僕は感じました。
さすがにご飯おかわり自由の恩恵には与れそうにはございませんが、何よりその心意気も凄く好きです。
大都会ですよ、人種のるつぼの大阪ですよ、そこでご飯自由にって男前過ぎると思います(ジャー全て食べてしまう方が連発しても・・大阪ですから)。
・・・ちょっと大阪の方への偏向思考があったようなので謝罪致します笑。
まだまだある行きたいお店揃いの大阪、これからも訪問の際にゆっくり無理せずに巡っていこうと思います。
なんて朝から早朝に食べたラーメンの話題をしたら・・お昼はラーメンを食べたくなっているのが悩みです・・笑。
それでは今日もしっかりと精進して過ごしましょう。
またそのうちにですね。
追記:
きっと甥っ子にも好評だったのでは?と勝手に思っています笑。
なにせ、おもむろに立ち上がったかと思ったら、ご飯を取りに行ってラーメンライスにしていましたから笑。
親御さんには朝から、なんて朝食を食べさせているんだ・・って怒られそうなので内緒です笑(若い時は何を食べても育つ笑)。
本屋さん巡りで楽しい事・・、それは変な本探し笑。
変な本とは失礼極まりない話ですが、それだけ関心を持てるって意味だと理解して頂ければ笑。
そんな某日、変というか不気味さ漂う表題の本を見かけました。⬇︎

どれかは一目瞭然・・?(感じ方には個人差がありますね笑)。
僕にはこの赤黒とその表題が・・。⬇︎

最近フィクションかノンフィクションか、判断に迷う絶妙なものが多いですね。
今週末にでもしっかり作者さんの策略にハマってみようかな・・笑。
昨日、大好きな熊本で咲いていると・・。⬇︎

甥っ子が見に行ったらしいんですが、本当です満開です。
急がないとです・・笑。
今朝の気温表示は11℃、お昼は20℃近くありますから・・寒暖差は意外に身体やメンタルにくるので要注意です。
春は『木の芽時』とも言いますし、身体的だけでなく気持ち的な面でも不安定さを感じる方も多いものです。
少しでも楽しく明るいことを考えて過ごすようにしましょう(言うは簡単ですけどね、そこをなんとか頑張って考えていきましょう笑)。
そんな昨夕は桜を楽しみました。⬇︎

とは言っても、いつもの僕の観測地点での様子ですが笑。
少しでも見れるだけで心が和むものです。
週末頃が丁度ですかね。
さて、長崎で忘れてはいけないグルメといえば・・、横道は、じゃ無かった王道は『トルコライス』です。
そんなトルコライスのいろんなお店をリサーチして来ました(リサーチだけです、初めにお断りしておきます笑)。
だったら商店街からかと・・。⬇︎

こちらは『浜屋百貨店』さん。
長崎に唯一残る地場のデパートで、おそらく初訪問かと。
エスカレーターに乗って目指すは最上階。⬇︎

ありました、ファミリーレストラン。⬇︎

みんな大好きですね?、僕は大好きです笑。
お決まりの見本棚笑も。⬇︎

そして・・、大丈夫ありました。⬇︎

それでは初トルコ・・?。
・・・、先程の入り口の立て札をよーく読むと。⬇︎

そうですか・・、来るのが早過ぎ、開くのが◯過ぎなんて大人気(おとなげ)ない事は言わずにまたの楽しみにしました笑。
すぐに切り替えて(これが早いのも僕の特技です笑)、それではお次のお楽しみと最上階へ・・。⬇︎

予感外れ1.3%にかけましたが笑。⬇︎

素敵な遊具が盛り沢山だと調べていたんですが・・まさか休業されていたとは・・。
今度は・・。⬇︎
浜屋ホームページ
SNS等でご案内させていただきます。
をチェックして行きたいと思います笑。
この後は魅惑の地下食料品売り場をチェック。⬇︎

帰福時の新幹線で頂くと間違いなく美味しそうな弁当をチェック・・しましたが、なんと佐賀県のお店でした苦笑。
別に美味しそうだったから良いんですが、せっかく長崎に来たらですね。
そんな浜屋珍道中でしたが、気持ち的には大満足でした。
そしてトルコライスの人気店を調べたら、出てくる出てくるいろんなお店が。
その中でも登場回数が多かったのがこちら。⬇︎

調べていた通りの大行列(角の向こうまで)。
こちらは『ツル茶ん』さんで、発祥のお店と言われているようです。
しかし、開店前に並ぶしかないようでした。
そのまま商店街へ戻ると。⬇︎

こちらは『ビストロ ボルダー』さん。
こちらも階段に行列が・・。
おまけに・・。⬇︎

テレビ取材が入られると・・、映りたかった笑。
なんて言っている間に、食べた事のない僕に取材が入ると大ごとですので笑。
もう一店リサーチしていたお店がありましたので。
それがこちら。⬇︎

こちらは商店街の真ん中に位置する2階の大箱喫茶店のようでした。
タイルのレトロさがたまりません。⬇︎

お店は先述したように2階に。⬇︎

商品ケースにはトルコライスより目立つものが・・。
どうやらこのロングパフェでも有名なお店のようです。
1.2m、1.0m、・・0.03m、まで長短様々なパフェが用意されているようです・・(0.03はさすがにですが笑)。
もちろんトルコライスも大小様々なものが用意され地元の方に人気のお店のようです。⬇︎

この日はほぼ開店間際でしたので入れそうでしたが、いかんせん他の名物を食べていましたので苦笑。
この用意された待ち座席を見れば人気の程が伺えます。⬇︎

そしてあの1.2mと1.0mパフェの制覇者の方々のプロフィールが飾られていました。
こちらは1.2m達成の方々。⬇︎

ほとんどがお一人で達成ではない様子。
お次が1.0m、⬇︎

こちらはお一人で・・?。
恐るべし長崎・・今度は空腹の時にお伺いします笑。
という訳で・・人気店を回っただけで、トルコライスは食べていません笑。
楽しみは次から次へと残しておくタイプです。
しかし、思いを諦めきれず・・博多駅で見かけたこちらのお弁当を先日頂きました。⬇︎

トルコライスって書いてありました・・、きっと赤ウインナーに惹かれたんだとは自分でも分かっています笑。
いつかは長崎で実食をと思っています。
そういえばこのお弁当を買った日、駅のホームでソフトバンクの某大人気投手を見かけましたが、筆舌に尽くし難いカッコ良さでした。
大ファンの子供に自慢メールをすぐに送りました笑。
羨ましがられたのがとても心地の良いものでした・・(どんな性格の親でしょう笑)。
それでは、今日も『木の芽時』を払拭して過ごしたいと思っています。
また機会でもあればですね笑。
週末は皆さん思い思いに桜を楽しまれたかと・・。
週末前までの曇り、雨、強風が過ぎ去った後の先週末は全国的に桜満開に恵まれました。
福岡でも舞鶴公園では凄まじい人出だったと聞きました・・、行きたかったんですが笑。
まだまだ機会はあるかと狙っています。
さて、最近の某週末に『アクロス福岡』さんを訪れて一階の総合案内所前に広がるパネルに気付きました。⬇︎

あの場所にパネルはあまり無いので戻りました(エスカレーターの逆走はしていません笑)。
こちらのパネルは『海外福岡県人会』を紹介するものでした。
おそらくこのような会があること自体をご存知の方は多く無いかと。⬇︎

『移住から長い年月が経った見在、海外福岡県人会の多くは世代交代が進み、日本語や日本の伝統・文化を知らない世代が増えています。
そこで福岡県は、福岡や日本への関心や興味を高めてもらうことなどを目的に、県人会会員の子供たちや県内の大学生等との交流事業を展開し、次世代を担う人材の育成を行っています。』と。
日本人のルーツを持ち、日本語や日本の伝統・文化を知らない・・日本で生まれ育ち、ほぼ日本で一生を終える私達では想像がつかない事です。
そう言えば、浪人時代に読んだ小説を思い出しました笑(以前話題にあげたかも?)。⬇︎

僕が読んだ時とは表紙が違っている気がしますが、まさしくこの小説です。
著者の兄が先にアメリカはカリフォルニアに渡り、その兄が経営するイチゴ農園で働きながら過ごした4年間の在米体験記でした。
当時、何者にもなっていなかった宙ぶらりんを満喫?していた僕に僅かな何かを芽生えさせてくれた小説だった気もします・・(本当はどうだったかな?笑)。
さらには、この小説が映画化されていた事実は今回調べて初めて知りました。⬇︎

これは本当に見たいと思っていますが、どうやって見れるかを調べています(小説も是非とも読み直したいと思っています・・)。
いずれも容易では無いような予感が・・。
さて、そんな背景が同じでは?と考えられる『海外福岡県人会』の紹介パネル。
福岡県由来の著名人3人が紹介されていました。⬇︎

ダニエル・イノウエさん:日系人の名誉回復に尽くした生涯(アメリカ合衆国連邦上院議員)。
ジョージ・アリヨシさん:米合衆国日系人初の州知事(元ハワイ州知事)。
エリソン・ジョージ・オニヅカさん:アメリカ日系人初の宇宙飛行士。
いずれも簡単ではない要職です。
福岡県人としての誇りを胸に、移住国の発展に大きく貢献。⬇︎

福岡県から海外への移住は、1885年(明治18年)にハワイへ移住したことに始まったそうです(ハワイが最初だったんですね・・)。
そこから・・北米から果ては南米まで・・。
想像以上の困難があったのでは・・。
そして、『第二次世界大戦が始まると、皆さんもご存知のようにアメリカ西海岸に住んでいた日系アメリカ人は、不当にもアメリカの強制収容所へと送られました。その過酷な生活においても、創造力やユーモアを失わず、その中で見つけた美や喜びを描いていきました』と。
その収容所当時の日系アメリカ人の歴史と美術作も紹介されていました。⬇︎

結構な作品が紹介されていましたが、幾つかを。
フレズノからジェローム収容所への移動中の休憩。⬇︎

(作:ヘンリー・ユズル・スギモト(杉本謙)1900年和歌山ー1990年ニューヨーク )
『アメリカ政府は日系アメリカ人に対し、立ち退きの際、即座にカメラやその他の録画機器を放棄し、提出することを求めた。そのため、一時収容所から強制収容所への移動に要した長い昼夜の記録は、芸術家の手によるものがわずかに残っているのみである。この絵は、列車に詰め込まれた日糸アメリカ人が、武装した兵隊に監視されながら束の間の休憩をとっている様子を描いている。』と。
本当に大変だったでしょう・・。
写真花嫁。⬇︎

(ヘンリー・ユズル・スギモト )
『日本人移民との結婚に同意した女性で、彼女たちの多くは夫の写真を手にアメリカに到着し、その写真を頼りに波止場で夫を見つけ出して、初めて夫と会うことになったとか・・。』・・写真を頼りに異国へ・・。
無題(カードゲームをする男たち)。⬇︎

(作:サダユキ・ウノ(宇野貞之)1901年広島-1989年カリフォルニア州オークランド)
『全ての財産を失い、何十年もかけて築き上げた生活を奪われた日系アメリカ人にとって、退屈と絶望は最大の敵だった。長い間、独身労働者の娯楽であったギャンブルやカードゲームは、収容所でも人気のある退屈しのぎであった。』・・強く逞しく生きられていたんだと思います。
上記2作品を描いたヘンリー・ユズル・スギモトさんの自画像も展示されていました。⬇︎


隣は奥様の肖像画だそうです。
しっかりした顔立ちです、収容されても日本人としての矜持を失わないように、という決意を感じました。
他にも当時を知り得る貴重な資料?がたくさん展示されていました。
本当に知らないことがまだまだ沢山あります。
このような貴重な展示会をこれからも期待します。
最後にちょっと趣旨とは違うかも?ながら驚いた絵画が一枚。⬇︎

ラリー・シノダ(1930年カリフォルニア州ロサンゼルスー1997年ミシガン州)さんが描いた、ある車のデザインの元となったイラストです(収容所時代ではないかと思います)。
てっきり『マッハGoGoGo』のマッハ号のデザイン画だと思いました笑。
ちなみに、僕も大好き皆さんもなコルベット3代目は1968年登場で、『マッハGoGoGo』は1967年放送・・。
一瞬疑問が浮かびましたが、コルベット3代目のコンセプトカー『Mako Shark』のデザインは1963年には発表されていたようなので、やはりコルベットのデザインが『マッハGoGoGo』より先のようです(何を疑ったのか笑)。
ちなみにこちらが『Mako Shark』。⬇︎

そのまんまコルベットスティングレー3代目です。
しかし、このデザインが日系の方のものだったとは・・凄いですね。
参考までにこちらがマッハ号。⬇︎

凄くそっくりです(もしかすると少しは・・笑)。
最後は大好きだった車の話になってしまいましたが苦笑、『海外福岡県人会』なる組織の存在を知れてとても意義深いものがありました。
何かの機会でもあれば、少なからず応援していきたいと思います(興味や関心を持つだけでも笑)。
それでは今日から4月です・・。
入学式、入社式、新年度の始まり、様々な新が目白押しの4月。
気持ちも新たにまた精進の日々かなと思っています。
それではまた、新話題でもございましたらそのうちに。
さて、最近ではラジオをきっかけに素晴らしい巡り合いが叶っています。
最初は一昨年の年末、何気なく聞いていたラジオから流れた曲に!!。
高校の時以来の40年振りにして2回目の巡り合いの機会がラジオから・・、大感謝でした(もちろんこの話題も当ブログであげました)。
そして2回目は昨年末、これまた30数年振りにとんねるずさんの『迷惑でしょうが』をラジオで聞けて、懐かしさのあまり配信動画を何度も見ながらという昨年末年始を過ごす機会を貰えました笑。
僕の中では2回も奇跡が起きましたので・・、3回目はね?なんて思っていた2024年でした・・。
2度あることは3度あるんだ・・(感慨深く・・)。
昨年末直近の某日、某所へ向かう機内で仮眠時のBGMでもと、JALセレクトミュージックなるものを聞いていたら・・。
一曲目の曲が流れ・・、あまりにもの綺麗なメロディーで全く寝れなくなってしまいました苦笑。
何度も何度も聞いている間に到着。
曲名は覚えているつもりでしたが、最近得意の瞬間もの忘れ芸を見事に発揮し、その後完璧に忘れました笑。
記憶にあるのはトランペットの音と何かわからない楽器の透き通るような音色のハーモニーでした。
福岡に帰ってきてから何度も調べました。
飛行機の便名、日時、機内エンターテインメント・・、などを駆使して・・しかし、分かりませんでした・・。
諦めるのも早い僕です笑、そのうちまた聞く機会もあるさ・・なんて。
そんな3度目の奇跡は、本年2月某日早朝のことでした。
月曜は大体『NHK』さんを聴きながらの出勤ですが、それがこちらの番組でした。⬇︎
こちらの『絶望名言』コーナーは、毎月第4日曜日の深夜(月曜早朝)に放送されています(偶数月=新作、奇数月=再放送)。
なのでおおよそ月一回しか聴けませんし、聞き逃すこともあります。
え?何か気になります?。
そうですよね、僕も当初は週明けの朝っぱらから何を好き好んで絶望から入らないと・・なんて思いました笑。
しかし、これが・・なかなかに絶妙な味わい深い放送です笑(これが絶妙と思える妙齢になったのかもですが)。
このコーナーでは世界的な著名人や名作映画などの一言を取り上げてあります。
カフカ 太宰治 ゲーテ 芥川龍之介 中島敦 ベートーベン 向田邦子 川端康成 紫式部など。
時には名作映画が題材であったりもするようで?、僕が衝撃的な出合いをした会は映画『二十四の瞳』が話題でした。
そして番組の間に曲が流れるんですが、この時に流れたのが、あの機内で繰り返し聞いた音楽でした。⬇︎
僕が初めてだっただけで、凄く有名な曲のようです。
やはりトランペットの楽曲で、もう一つとても綺麗な音を奏でていた楽器がパンフルートだということも判明しました。
パンフルートは世界最古の楽器とも。⬇︎

こちらの櫻岡史子さんが手にされているのがパンフルートで、櫻岡さんは日本で数少ないプロのパンフルート演奏者として世界的に活躍されているそうです。
年末に出合った楽曲から絶望名言を経て、最後はパンフルートまで知り得た事に感慨深いものがあります・・笑。
それにしても、最近頭の中から離れてくれない『ドランの微笑』。
よく聞けば同じメロディーが音程を微妙に変えて延々とトランペットとパンフルートで交互に繰り返されます。
全く飽きのこない魅惑のエンドレスメロディーです。
ジャン・クロード・ボレリーさん、偉大です。
昨夕は前方の雲へ向かうにつれて激しい雨が・・。⬇︎

・・降るかと思ったら幸い小雨のままでした笑。
それにしても風の強さに怯んだ日中でした。
今朝は霧雨が・・、きっと日中からは・・黄砂に期待です(では無いですね笑)。
さて、10数年振りに訪れました。
珍しく早起きした休日にしたい事となると・・、モーニング笑。
早朝ジョギングの方もいるのに・・すぐに食べる事・・苦笑。
そんな快晴の某所の空。⬇︎

既に快晴と言っていますので、当然晴れ渡っていました。
向かうは新天町のこちら。⬇︎

かなり前に、こちらの2階席でモーニングを食べた記憶がずっとあって・・、もう一度行きたいと思っていました。
まだ早い時間ですので、ケースの中もしっかり揃っていました。⬇︎

席は1階もまだ余裕がありました。⬇︎

しかし、思い出の2階へ。⬇︎

まっすぐ上ります。⬇︎

窓際に座った記憶が・・、空いていました。⬇︎

確かここだったかと。⬇︎

こちらに座れば、商店街が見れます。⬇︎

こちらでも良かったんですが、広々と席が空いていますので移動しました(早起きは三文の徳笑)。⬇︎

この仕切られたボックス形状は・・以前は喫煙席だったのかもです。
この空間の真ん中に懐かしの黒電話が・・。⬇︎

携帯電話のご使用はお控え下さいと書かれていましたが・・こちらの電話を使ってねって意味かどうかは不明で・・、ちなみに線は繋がっていませんでした笑。
そしてモーニングコーヒー、心もブラックな僕ですから、もちろんコーヒーもブラックです笑。⬇︎

(実はちょっと飲んでいます笑、なみなみに注がれていました)
お店で頂く珈琲ってこんなに美味しかったかと思えるほどでした。
スッキリ目が覚めました。
そして待ちに待ったモーニング本命がこちら。⬇︎

これです、朧げな記憶のまま、確かこのままだった気がします。
トースト、サラダ、目玉焼き&ベーコン、そしてBLACK。
完璧な休日の朝でした・・そのまま帰宅して寝直しました・・嘘ですよさすがに笑。
天気が良ければ今週末もどこかのカフェでモーニングでもしてみようと思っていますが、さて笑。
今日はこの魅惑のメロディーを静かに響かせて?過ごしたいと思います。
それではまたお時間があればですね。
『紀ノ国屋』さんといえば、の商品は多数ですが、こちらは間違いなく代表的なものです。
止まらなくなる美味しさです。⬇︎

『ラー油せんべい』。
お店の棚に全面展示されています。⬇︎

今回で2度目、しかも今回は前回見かけた別味をもと・・無い?。
そいえば前回はこんな感じ。⬇︎

前回は黄色の『チーズせん』でしたが、今回は売り切れて違うバージョンの『納豆せん七味』になっていました。
・・残念ですが、自称納豆マンの僕ですからこれもまたありだと買って帰りました。⬇︎

想像以上に納豆で、予想以上にピリ辛でした。
このシリーズ・・美味し過ぎるのが悩み・・です。